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一乗院(いちじょういん)◎天台宗

350-0844 埼玉県川越市鴨田716
電話049-223-2709 FAX.049-223-2713
 

★一乗院のおこり
今からおよそ700年ほど前の鎌倉時代には日本の国に多くのえらいお坊さんがあらわれました。その中のひとりに尊海という修行をつまれ、学問にもすぐれたお坊さんがおりました。その方はその時代に日蓮宗という宗を開かれた日蓮上人の先生にもなったほどです。尊海は、のちに武蔵国に来られ、今の川越仙波中院と川田谷の泉福寺の住職をされ、そして一乗院をつくったのです。
これは伏見天皇(永仁4年、1294年)のときで、この3つの寺がそれからというもの関東の天台宗の坊さんの学問、修行の中心となり、たくさんの坊さんを育てました。
★本尊様のこと
一乗院の本尊様は、後深草天皇のお言葉で、信州(長野)の善光寺の本尊とそっくりの像が48体鋳造されたものの中の一体なのです。ですから一乗院の本尊は日本四八体の金仏のひとつです。そのため「新善光寺一乗法華教院」という名前でふだん一乗院といっています。
このような、ゆいしょある本尊は秘仏として立派な厨子(仏様の入れもの)の中に収めてあります。ふだんおがめないので、もうひとつの本尊が「お前立ち」としてお座りになっています。これは木仏で弘法大師空海(平安時代、真言宗を開いた人)がつくられた仏像です。
★一乗院のお坊さんたち
今の住職は28代です。昔から「僧正寺」とよばれるように格式のある寺ですから江戸時代の23代までの住職は、ほとんど上野寛永寺で修行した徳の高い坊さんが来て住職になるというしきたりでしたが、明治になってからは寺の中の弟子で特にすぐれたひとりがつぐようになりました。
★一乗院に伝わるおもしろい話
*本尊が秘仏のゆらい
江戸時代のことです。寺あらしのどろぼうがあちこちの寺にしのびこんでは、お金をぬすんでいました。このどろぼうがついにつかまり、今まで入った寺を白状しました。どろぼうがいうのに「鴨田の一乗院の本堂にも戸をこじあけて入ったが一歩堂内に足を入れたとたん、本尊の方からいなずまのような青光が起こり、目がくらみ、おそろしさのあまりににげだした。」といいました。それからというもの金仏の本尊を秘仏として、お厨子の中に安置したそうです。
★地震の災難から守ってくれるお地蔵様
一乗院の境内にとても大きな石の地蔵様が東を向いて、お寺へおまいりにくる人を温かく迎えています。江戸時代のこと、上尾の方から川越のあるお寺へ地蔵をおさめに行く途中、今の芳野地区まできたとき急に大地震が起り進むことができません。やっと一乗院へ運び入れました。まもなく地震がおさまりましたが、川越のあちこちで大きな被害があったわりに芳野地区では少なくてすみました。それから、そのままこの地蔵様は、一乗院に安置され、地震から守る地蔵様といわれています。

 見どころ
境内入口には、石積基壇の上に文政5年に造顕された「厄除延命地蔵尊」(5尺2寸)があり、本堂には、弘法大師空海の作といわれる木仏の坐像が「お前立ち」として秘仏の前にある。
 参拝時間
午前9時〜午後5時
 拝観料
無料
 ご朱印
 行事
春・秋 彼岸会
8月15日 施餓鬼会
12月31日 除夜の鐘
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